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ブランド薬師
ブランド薬師
正式名称/別称やくしじんじゃ/ぶらんどう/ふらくどう
八櫛神社/ぶらん堂/不落堂
規模 ★★☆☆☆斜面部:自然懸崖 岩屋あり
懸造り部:木造 一部鉄筋コンクリート造 懸崖型 脚柱なし
上屋部:木造 入母屋造り 銅板葺き 桁行三間 梁間三間 勾欄付廻縁
文化的価値 ★★★★☆長野市指定有形文化財
大同2(807)年 創建
弘化4(1847)年 善光寺地震で浅川へ崩落
文久元(1861)年 再建
大正4(1915)年 改修
昭和6(1931)年 改修
昭和36(1961)年 大改修
宗教的価値 ★★★☆☆祭神:少彦名命
善光寺系
秘境度 ★★★★☆長野市立ブランド薬師公園
山道あり 石段あり
〒381-0000
長野県長野市浅川一ノ瀬1
眺望 ★★★★★東面よりほぼ三面、長野盆地全景と眼下に浅川ループ橋が見渡せる
光寺の北側に位置する浅川渓谷に面した、断崖絶壁の中腹にあるブランド薬師(ぶらんどやくし)。「信濃奇勝録」や「善光寺道名所図会」など、多くの古文書にもその存在が記され、古くから信州の名所だったようだ。ブランド薬師という奇妙な名称も神仏習合の名残りで、かつて本尊だった薬師如来のお堂として、崖に面して建てられた懸造りが、ぶらんぶらんと揺れたことから「ぶらん堂」と呼ばれたことによるらしい。近代、薬師如来から医薬の知識が豊富といわれる少彦名神(すくなびこなのかみ)になり、やくしの読みのまま、名前が薬師→八櫛になったと思われる。
PHOTO BY OLYMPUS E-620
SEP. 2010
ブランド薬師1
ここから先が長野市所管のブランド薬師公園で、薬山(くすりやま)山頂へ続くハイキングコースになっている
現在は神社に分類されているので鳥居がある
ブランド薬師2
鳥居から山道をジグザグと登ること20〜30分で、お目当てのブランド薬師に到着
ブランド薬師3
お堂に入る手前は、床も柱も鉄筋コンクリート造り
ブランド薬師4
眼下に、長野オリンピックを機につくられた浅川ループ橋を一望できる
その先に広がる長野盆地まで見渡せて、こんな絶景の懸造りってなかなかない!
ブランド薬師5
お堂は絶壁の岩屋をすっぽりと覆うように立てられている
岩に穴を穿って柱を立てたり、岩の形状に合わせて床板が敷き詰められている
ブランド薬師6
絶壁から迫り出した部分は、下に支える柱もなく、完全に宙に浮いている!
ブランド薬師7
懸造りとしても異色な存在で、岩に穴を開けて三本の柱を打ち込み、その上に堂宇が建てられている
つまり、通常、懸造りとしてよく目にする、岩の上に屹立した柱が無いのだ
ブランド薬師8
浅川ループ橋の上から眺めたブランド薬師
まさに崖の中腹に浮いたお堂だ!
成30年に長野市にある特異な懸造りが、2件同時に市指定有形文化財に登録された。 「長野市指定文化財指定調書」を読むと、その特徴的な構造がよくわかる。 まさにこんな断面図が欲しかった!
出展:長野市地方文化財保護審議会
古文書・古画に見る懸造り
ブランド薬師・地誌1

『善光寺道名所図会 巻之三 薬山ぶらんど薬師』

地誌
豊田庸園 著、小田切春江 補画
嘉永2(1849)年 刊行

ブランド薬師は多くの古文書にもその奇抜な姿が描かれており、 善光寺参りにあわせて訪れるべき名所として認知されていたようだ。 どの古画にも共通するのは、断崖絶壁にもかかわらず脚柱がなく、 宙に浮いたようになっている堂宇である。

ブランド薬師・浮世絵

『諸国名所百景 信州善光寺道久須里山』

浮世絵
二代目歌川広重 画
安政6(1859)年 制作

笠森観音と同じ浮世絵シリーズとして、ブランド薬師も描かれていた。 現在、薬山と呼ばれる山が「久須里山」と紹介されている。
上記のブランド薬師の建築暦と照らし合わせると、この浮世絵が描かれた頃はちょうど地震で崩落し、 再建されるまでの間にあたる。
実際に訪れてみても、『信濃奇勝録』の図と比較しても明らかだが、 浅川や九十九折の山道の位置関係からして、この浮世絵の構図は左右逆だとわかる。

ブランド薬師・地誌2

『信濃奇勝録 巻二 ぶらん堂』

地誌
井出道貞 著
明治20(1887)年 出版

信濃の国佐久郡臼田の神官であった井出道貞が天保5(1834)年に著した、 信濃の国の珍しい動植物や景観をまとめたものを、その孫井出通が加筆・校正し、 明治20(1887)年に出版したのが本著である。
ここでのブランド薬師は、人が二人堂内に入るとぶらぶらと揺れる「ぶらん堂」として紹介されている。