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不動院岩屋堂
不動院岩屋堂
正式名称/別称ふどういんいわやどう
不動院岩屋堂
規模 ★★☆☆☆斜面部:自然懸崖 岩屋あり
懸造り部:木造 桁行二間 梁間なし 貫一段 投入型 外側階段あり(木製)
上屋部:木造 前面:入母屋造り、背面:切妻造り とち葺き 桁行三間 梁間三間 勾欄付廻縁 土足禁止
文化的価値 ★★★★☆重要文化財
日本遺産
日本三大投入堂
大同元(806)年 創建
鎌倉時代 再建
室町前期(1333〜1392) 再建
安永2(1773)年 修理
昭和30〜32(1955〜57)年 解体修理
宗教的価値 ★★★★☆本尊:不動明王/黒皮不動(弘法大師空海作)
日本三大不動
秘境度 ★★★★☆山道なし 石段あり
〒680-0731
鳥取県八頭郡若桜町岩屋堂
眺望 ★★☆☆☆南面(正面)よりほぼ一面、不動堂集落と吉川川が見渡せる
路を中心に周る二回目の懸造りツアーだったが、若桜街道、メイプル街道とも呼ばれる国道29号線を北上して、鳥取県に一歩踏み込んで、不動院岩屋堂(ふどういんいわやどう)を訪れた。これで、日本三大投入堂と鳥取県の全ての懸造りを制覇することができた!
PHOTO BY OLYMPUS E-620
NOV. 2017
不動院岩屋堂1
観光バスも停まれる吉川川(よしかわがわ)の脇の駐車場から、不動院岩屋堂を眺める
確かに何かを入れたくなりそうな、ちょうどポッカリと空いた洞窟だ
不動院岩屋堂2
通常は鍵のかかった門から先は入れないが、 今回、あらかじめ拝観の予約をしていたので、ガイドさん付きで上屋まで登ることができた
右手の岩壁の下が、ちょうど石段状になっていて、難なくお堂の下まで潜り込めた
不動院岩屋堂3
一旦、洞窟の奥まで進んでから振り返り、今度は木製の階段を昇る
上の廻縁は洞窟の左右の端に、ピッタリ収まるように作られていた
不動院岩屋堂4
このお堂の特長的な意匠といっていい、桁行三間の左右に設けられた花頭窓
内側から眺めても、ちょうどいいアクセントになっている
不動院岩屋堂5
廻縁から眺めた、吉川川沿いに広がる秋の岩屋堂集落
不動院岩屋堂6
二つの花頭窓の間にある跳ね上げ式の蔀戸(しとみど)は、書写山 圓教寺 食堂のものと全く同じだ
やはり姫路圏の匠の技が伝わっているのかな?
屋堂という地名が付いているほど、この地域では古くからこの懸造りと一体となった暮らしが営まれてきたようだ。今回、拝観希望を出してよかったのは、地元のガイドさんやお年寄りの方々のおもてなしを受けたこと。長老の方から古文書を見せていただいたり、伝承だけでなく学術的な話まで聞けたのが、とてもためになった。
古文書・古画に見る懸造り
八東郡若櫻郷 窟堂境内之図

『八東郡若櫻郷 窟堂境内之図』

地誌

不動院岩屋堂を案内していただいた地元の方が持っていた、地域に伝わる古文書。
窟堂村(現:岩屋堂)の川や幹線道路に、洞窟の大きさ、この地に落ち伸びてきた平経盛の一族など、平家一門の墓の位置が詳しく記されている。
また、この絵が正確だとすると、現在の建物と異なる部分がある。 懸造り部は少なくとも、桁行四間以上、貫三段以上はあるようだ。 また上屋部には二つの花頭窓はなく、現在中央に一つある蔀戸が全面に付いているように見える。
因幡誌

『因幡誌 八東郡若櫻郷 窟堂境内之図』

地誌
安倍惟親(恭庵)著
寛政7(1795)年 刊行

江戸時代中期に著された因幡国の人口や産業、寺社、旧跡をまとめた地誌。近い年代の書物に『因幡民談記』『鳥府志』というものもあり、どれがオリジナルかは不明だが、それぞれの内容を意識して作成されたと思われる。上の地誌も岩屋堂の名前が本書と一致していることから、どちらかを写した可能性が高い。いずれの地誌の図でも、岩屋堂前の杉の木がまだ低いのが時代を感じさせるところだろう。
稲葉佳景 無駄安留記

『稲葉佳景 無駄安留記 窟堂 神光寺』

地誌
逸處米質 著
安政5(1858)年 刊行

逸處米質(いっしょ べいしち、米 逸処ともいう)が著した稲葉(因幡)の国の地誌。この中の八東(八頭)郡編に、窟堂 神光寺が紹介されていて、これが不動院岩屋堂のことである。 懸造り部は桁行五間、貫二段で、上屋部は現在と同じ二つの花頭窓に、唐破風もあるように見える。
子供のころ見た、日本昔話に出てくる山姥の住む岩屋のような、おどろおどろしさがある。