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大洲城

大洲城
別称じぞうがだけじょう/ひじじょう/おおつじょう/きじょう
地蔵ヶ嶽城/比志城/大津城/亀城
立地形式平山城
天守構造・形状複合連結式(天守、台所櫓、高欄櫓)、層塔型
復元天守、木造
四層四重四階
指定重要文化財
愛媛県指定史跡
日本の名城100選
建築歴元弘元(1331)年 築城(宇都宮豊房)
慶長14(1609)年 天守建築
明治21(1888)年 破却、解体
平成16(2004)年 再建
歴代城主宇都宮氏、小早川氏、戸田氏、藤堂氏、脇坂氏、加藤氏
所在地〒795-0012
愛媛県大洲市903

中は明るい黒天守

愛媛県最大の河川である肱川(ひじかわ)は、ちょっと変わった特徴がある。川の長さが103kmと長大なのに、源流地点と河口が直線距離にして18kmしか離れていない。つまり、愛媛県西部をものすごく迂回しながら、緩やかに流れているということだ。大洲盆地に差し掛かった流れも蛇行を繰り返しており、ちょうどこれを天然の堀として利用したのが大洲城だ。その地形が故に水害が多い土地らしく、歴代の城主や現代の行政においても、治水の苦労は絶えないようだ。
大洲城1
臥龍山荘から肱川の河川敷を歩き、高台にある大洲城を眺める
大洲城2
大洲市民会館の隣、藤棚越しに見上げた眺め
大洲城3
天守は明治維新後に一度取り壊されたが、再建を望む声が高まり、平成の世になってから当時の姿のままに木造で復元された
大洲城4
復元されてからそれほど時間が経っていないので、木材がまだ新築の色合い
縦に見た吹き抜け部分は、我が家に似ていた
大洲城5
天守最上階からの東側の眺め
肱川と頂上付近につつじ公園の広がる冨士山(とみすやま)
大洲城6
1階の西側に光の回廊ができていた
大洲城7
高欄櫓側から眺めた迫力のある天守
基本的に黒い天守だが、破風の内側と軒下が白いところが大洲城独特のアクセント
大洲城8
左手の高欄櫓と天守のもう一つ右手にある台所櫓は、破却を免れて現代に残り、重要文化財に登録されている
PHOTO BY OLYMPUS E-620, MAY 2017